2019年10月16日
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ノーザンハートきたまちの成り立ち

歴史

ノーザンハートきたまちの成り立ち

街づくりのはじまりまで

現在ノーザンハートきたまちと呼ばれる一帯は、昭和初期に競馬場が開設され日本三大競馬の一つとして栄えました。
その後戦時体制の強化により競馬場は廃止され、跡地に現在のSUBARUの前身となる中島飛行機大宮製作所が昭和18年(1943年)に開設され、航空機用エンジンの製造をはじめました。最盛期には1万人余りの人が工場で働いていました。
戦後初の航空機用ジェットエンジンの製造やオートバイの製造などを経て、汎用エンジンの製造や自動車の補修部品供給などの事業を行なっていました。
汎用エンジン工場の敷地には戦中の航空機製造工場時代に建てられた、高さ50mの大きな煙突がありました。その高さは大宮市(現 さいたま市)で最大級であったことから、近くを走る旧中山道や新幹線から望むことができ、地域のランドマークとして親しまれる存在でした。
そこに、平成5年(1993年)大宮市がこの地域を「北部拠点宮原地区」と名づけ、大宮の副都心として都市機能の集積を図っていく決定をしたことから、官民が連携・協力して取り組む街づくりがはじまりました。
そして、この地域の街づくりにおいて最も特徴的なことが、まちづくり協議会の存在でした。どのような団体でどのような活動をしたのでしょうか。

大煙突
大煙突
競馬場記念碑
競馬場記念碑

 

「まちづくり協議会」の発足と活動

北部拠点宮原地区の土地区画整理事業に先立ち、平成8年(1996年)に地権6者により、「大宮市北部拠点宮原地区まちづくり協議会」が発足しました。(大宮市(会長)、埼玉県警察本部、東京電力、住宅・都市整備公団(現 都市再生機構)、富士重工業、スバル興産)
当初協議会は、土地区画整理事業の円滑な推進を主目的としていましたが、職住遊学の複合機能を持つ大宮市の新しい副都心形成へ向け官民一体となって取り組む、話し合いや合意形成の場となっていきました。
協議会での活動の成果として、道路面には垣柵を設けない、公園と民有地の境界部は同じ舗装材を使用する、各施設では植栽を多く配置することなどが実現していきました。

再開発地区の景観形成

北部拠点宮原地区は、平成13年(2001年)に大宮市で初めて「景観形成重点地区」に指定されました。景観地区指定により、事業者の個別開発計画は行政への建築届け出前にまちづくり協議会で説明し、事前協議を受けることとなり、これは「景観協議」と呼ばれました。
こうして、街の理念や全体像について地権者・事業者間で合意できたこと、景観協議が官民・民民の調整システムとして機能したこと、そして事業者が協力し負担を分かちあったことなどが原動力となって、緑豊かで調和と一体感のある街なみが形成されていったのです。

「ノーザンハートきたまち」の名称について

北部拠点宮原地区の愛称は、平成15年(2003年)にまちづくり協議会により「ノーザンハートきたまち」と、命名されました。
さいたま市の「北の拠点(心臓)」という地区の位置づけと、暖かい「心」を大事にしていきたいという想いを由来に、親しみやすさや呼びやすさも考慮されました。

街づくりや景観への評価

都市景観大賞「美しいまちなみ特別賞」(国土交通省)平成17年(2005年)
<受賞理由の一部>
官民境界などの敷地の境界に物理的な構造物を作らないというしつらえが徹底して、ゆとりあるやわらかい空間構成が実現した。これが街全体を広々とした印象を与える景観とすることに成功し、新都市としての新たな拠点づくりの意図が伝わってくる。

都市景観大賞
都市景観大賞

さいたま市景観賞「きたまちしましま公園」(さいたま市)同年
<受賞理由の一部>
照明や噴水、トイレ、オブジェなど、それぞれの形に意味を持たせながら、一体感のあるデザインを採用し、都市景観の創造に先導的な役割を果たしています。
さいたま市景観賞
まちづくり功労者国土交通大臣表彰「さいたま市北部拠点宮原地区まちづくり協議会」(国土交通省)同年
彩の国さいたま景観賞「北部拠点宮原地区のまちなみ」(埼玉県)平成16年(2004年)
<受賞理由の一部>
電線は地中化され、街路の緑が豊かに繁り、歩道やストリートファニチュアも環境に寄与するデザインで、すぐれた住環境が整備されている。
彩の国さいたま景観賞

沿革

昭和

6年(1931年)大宮競馬場で初競馬開催
羽田・川崎とともに全国三大競馬場として隆盛を誇った
17年(1942年) 競馬場廃止、中島飛行機大宮製作所の工場建設開始
20年(1945年) 終戦により富士産業㈱(後の富士重工業㈱)大宮工場となる

 

平成

3年(1991年)12月 富士重工業(現㈱SUBARU)大宮製作所の移転決定
6年(1994年)3月 「大宮市第4次中期5ヵ年計画」に北部拠点整備を位置づける
8年(1996年)2月 大宮製作所解体工事開始(H11年8月完了)
8月 地権者(さいたま市(当時大宮市)、埼玉県警察本部、都市基盤整備公団(当時)、東京電力(株)、富士重工業(株)スバル興産(株))で構成する「まちづくり協議会」の発足
10年(1998年)5月 北部拠点宮原土地区画整理事業の認可
11年(1999年)5月 大宮製作所の大煙突解体
12年(2000年)6月 東京電力北大宮変電所移転、送電線鉄塔建替え工事完了
12月 都市基盤整備公団(当時)住宅「アーベイン大宮」入居開始
13年(2001年)5月 北部拠点宮原地区が景観形成重点地区に指定される
11月 埼玉県警察学校射撃場移転新築工事完了
12月 (仮称)富士重工宮原ショッピングセンター(ステラタウン)
開発計画の発表
14年(2002年)3月 分譲マンション「ガーデンアクシス」販売開始
15年(2003年)2月 街の愛称が「ノーザンハートきたまち」に決定
4月 さいたま市北区役所開設(仮庁舎)
6月 さいたま市北消防署植竹出張所完成
9月 「セントラルウェルネスクラブ大宮宮原店」オープン
16年(2004年)3月 地区内道路完成、供用開始(中山道南接続除く)
4月 「大宮北ハウジングステージ」オープン
「ステラタウン」オープン
10月 中山道南交差点道路開通(地区内道路完成)
「きたまちしましま公園」(西側)完成
「ノーザンハートきたまち まちびらきフェスタ」開催
17年(2005年)4月 「きたまちしましま公園」(東側)完成
18年(2006年)3月 「アートグレイスウエディングシャトー」オープン
20年(2008年)4月 北区役所がプラザノース内に移転
5月 「さいたま市 プラザノース」オープン
22年(2010年)7月 「ブックオフスーパーバザー大宮ステラタウン」オープン
23年(2011年)3月 「島忠ホームズ宮原店」オープン
25年(2013年)10月 「ステラタウン公園棟」オープン
28年(2016年)5月 「美楽温泉 SPA HERBS」オープン
29年(2017年)5月 大宮アルディージャ専用フットサルコート
「オレンジコートステラタウン」オープン
31年(2019年)3月 「さいたま北部医療センター」開院